研究内容
①芳香族アミドの立体化学を利用した新構造(高)分子の合成
窒素上に置換基を有するN-アルキルベンズアニリドは、溶液および結晶状態で、2つの芳香環が同一方向を向いたE体を優先してとります。この立体化学を利用して、π電子系を(キラル)空間配列した環状オリゴマーやポリマーを合成しました。周辺環境に応じて発光色が変化したり、円偏光発光することを明らかにしました。円偏光発光は、右回りと左回りの円偏光のうち、どちらかに偏った光を発する現象を指します。高輝度液晶ディスプレイ用の光源をはじめ、セキュリティーペイント、光通信など、光テクノロジーへの貢献が期待されます。また、前述した芳香族アミドの立体化学を利用し、直接アリール化によって剛直な構造の共役ラダー(高)分子を合成しました。直接アリール化は、有機金属試薬を用いることなく芳香環を連結可能な、原子利用効率や廃棄物削減に優れる重要な反応です。得られる材料は、電子輸送性トランジスタへの応用が可能なほか、メカノフルオロクロミズム特性[応力によって発光色が変化する]や優れたウェーブガイド特性[光エネルギーを高効率で伝える]を示す結晶となることを明らかにしました。
代表的な論文
J. Org. Chem. 2011, 76, 2471; Chem. Eur. J. 2013, 19, 11853; Chem. Commun. 2015, 51, 5710; Polym. Chem. 2015, 6, 6792; Chem. Eur. J. 2018, 24, 14137; Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 17002; Eur. J. Org. Chem. 2019, 2071; New J. Chem. 2021, 45, 1187; Bull. Chem. Soc. Jpn. 2022, 95, 47
②ビニルモノマーの精密重合を可能にする有機触媒の開発
この研究は、③で紹介するイミダゾールを母骨格とするイオン性液晶化合物の探索から突然変異的に発生したテーマです。2位にヨウ素を有するイミダゾリウムは、σホールと呼ばれるルイス酸部位をヨウ素上に作り出します。このヨウ素とアニオンやルイス塩基との相互作用はハロゲン結合と命名され、古くは結晶工学の分野で利用されてきました。我々は、ハロゲン結合触媒をビニルモノマーの重合に世界で初めて応用し、従来の金属触媒を用いる方法とは一線を画すリビングカチオン重合を発見しました。17族のヨウ素が作るハロゲン結合のほか、16族のテルル、15族のアンチモンといった高周期元素によってもビニルモノマーの精密重合が可能であることを報告しています。特に、電子不足なテルルが作るカルコゲン結合を用いれば、水が存在する条件下でもリビングカチオン重合が進行しました。最近では、重合の進行を電気化学的な酸化還元反応でON/OFF制御することもできるようになっています。
代表的な論文
Chem. Eur. J. 2017, 23, 9495; Polym. Chem. 2020, 11, 6739; Chem. Commun. 2021, 57, 13736; Macromolecules 2022, 55, 3671; Macromolecules 2022, 55, 5756; J. Polym. Sci. 2023, 61, 2655
③イミダゾールを基本骨格とした発光材料の合成
上で紹介した①の研究を進める過程において、イミダゾールを主鎖に有する水溶性ラダー高分子を合成しようと試みておりました。残念ながら、当初目指していた構造を得るには至りませんでしたが、イミダゾリウム骨格をもつイオン性(液晶)化合物の合成と興味深い発光特性を見出すことができました。続いて、イミダゾールがアミノ酸と類似して酸性も塩基性も示すユニークな特徴を示すことに注目し、励起状態分子内プロトン移動“ESIPT”を経由して蛍光発光する共役オリゴマーを複数見つけることができました。特に、分子内で二重水素結合を形成する化合物を簡便に合成し、通常はプロトン移動を阻害する極性溶媒中でもESIPT発光が可能であることを報告しています。
代表的な論文
Org. Biomol. Chem. 2013, 11, 2245; J. Org. Chem. 2015, 80, 7172; RSC Adv. 2016, 6, 9152; J. Org. Chem. 2017, 82, 12173; New J. Chem. 2018, 42, 5923